そう言った人が、また締切前夜に追い込まれている。
これは性格の問題でも学習不足でもない。
人類全員に測定されている、方向の決まった偏りである。
偏りに方向があるなら、補正には式が使える。
卒業論文の学生たちは平均34日で書き上げると予測し、実際には55日かかった。
注目すべきは「すべてが最悪に進んだ場合」という悲観シナリオの予測(約49日)すら、現実が下回ったことである。
人は最悪を想定したつもりでも、まだ楽観している。
例外を認めた瞬間、補正は機能しなくなる。
「今回は単純な作業だから」という判断こそが計画錯誤の入口であり、機械的であることが式の生命線である。
この裁きが計画という行為の本体である。
裁きのない計画表は、優先順位を先送りしただけの願望リストにすぎない。
「自分は何をするつもりか」ではなく「同種の仕事は過去に何日かかったか」を見る。
内側の視点から外側の視点への切り替えが、錯誤の根を断つ。
締切に追われる自分を責める時間は、係数を一つ掛ける作業に置き換えられる。
シドニーのオペラハウスは1963年完成・予算700万豪ドルの計画で始まり、実際の完成は1973年、費用は1億豪ドルを超えた。
10年の遅延と14倍の超過である。
大型インフラ事業を世界規模で調査した研究では、9割前後の事業で費用超過が起きており、超過の向きはほぼ常に一方向だった。
学生の卒論と国家の建設事業が同じ方向に外れる。
つまりこれは能力や規模の問題ではなく、人間の見積装置そのものの仕様である。
これは実測データに基づく補正係数であり、むしろ補正なしの1.0で見積もる方が非科学的である。
余裕ではなく、計器の校正だ。
信用しないことを、根性ではなく係数と裁きの手続きで実装する。
以後の見積には、その実測係数を機械的に掛ける。
