だが徹夜明けに価格を決め、疲れ切った深夜に契約の返事を書く経営者は山ほどいる。
この二つがほぼ同じ行為であることを示した実験が、科学誌に載っている。
朝6時に起きた人の夜11時は、法的に運転を許されない程度に酔った脳と同じ性能しか出ない。
徹夜明けなら、さらに深い酩酊に相当する。
部品の信頼性という観点では両者は同じ現象である。
むしろ事業の重要判断は、運転より取り返しがつかないことすらある。
判断の中身を磨く規則だけでは足りない。
判断してよい状態を定義する規則が、もう一本要る。
どんな機械にも連続運転してよい負荷の上限が定められている。
人間という部品にだけ定格がないと考える理由はない。
体力と睡眠は精神論ではなく、事業の可用性を決める固定資産の保守費である。
保守を削った設備が最悪のタイミングで壊れるように、保守を削った身体は最も高くつく局面で止まる。
裁判官による1,100件超の審理を分析すると、食事休憩の直後は仮釈放の許可率が約65%あったのに、休憩前の連続審理の末には0%近くまで落ちていた。
事件の中身ではなく、裁判官の消耗度が結論を左右していたのである。
職業的訓練を積んだ判断者ですらこうなる。
疲労は根性で相殺できる変数ではなく、判断そのものを別の結論へ動かす変数である。
これは気合いの話ではなく、スケジュール設計の話である。
判断を高品質な時間帯へ移すのは、意志ではなくカレンダーの操作でできる。
判断してよい状態の規則を持つ者だけが、部品の定格内で経営できる。
