だが事業の収益の大半は、離れなかった顧客から生まれる。
まず、離れない理由を6つに分解するところから始める。
使えば使うほど、他のサービスでは得られない「自分に最適化された体験」が育つ。
顧客は商品ではなく、自分の蓄積に留まる。
履歴、設定、慣れた手順。
乗り換えの検討のたびに「引っ越しの面倒」が天秤の片側に載り、多少の不満なら我慢する方が安くつく。
自分一人の利用価値ではなく、参加者全体の存在が全員の価値を押し上げる。
一人では作れない唯一の要素でもある。
⑤コンテンツ・資産のロックイン: そこに作ったものが持ち出せない。
どちらも「積んだものを捨てたくない」という人間の性質を土台にした維持構造である。
— 自社は6要素のどれで顧客を保持しているか、を言えることが堀設計の第一歩。
言えない事業は、顧客がなぜ残っているのかを運に任せている。
動画サービスは視聴履歴が推薦を磨くから離れがたく(①)、メッセージアプリは友人がそこにいるから替えられず(③)、クラウド会計は仕訳の蓄積が乗り換えを重くし(②)、使い慣れた表計算ソフトは操作の習熟そのものが資産で(④)、長年書いたブログは過去記事ごと引っ越せず(⑤)、フリマアプリで積んだ高評価は他所へ持ち出せない(⑥)。
私たちは毎日、この6本の糸の網の中で暮らしている。
売り手に回るとは、この糸を編む側に回るということである。
満足の上に編まれた維持だけが健全に働く。
不満の上に築いた維持構造がどう崩れるかは、この部の後半で実例とともに見る。
自社がどの要素で顧客を保持しているかを一行で言えることが、堀の設計の出発点である。
