だがその人は今、買うべき現在地にいない。
売るか、断るか。
この一瞬の判断を感情で行っている限り、事業の一番高価な資産は運用されないまま漏れていく。
返金・未消化・悪評は、販売時の売上を後から食う。
成果の出ない顧客は、短期の入金と引き換えに、長期の負債として残る。
示せるのは現在地と順路だけであり、歩くのは本人である。
保証は法的な危険である前に、期待値の借金であり、履行できなかった分は倍にして評判から差し引かれる。
価格が下がると価値の認知も下がり、顧客の参照点を恒久的に壊す。
一度セールを見た顧客は定価を「ふっかけ」と感じるようになる。
価値を動かしたいなら価格ではなく提供物を動かす。
だから約束は実物より小さく、納品は約束より大きく。
この非対称を知る者は、宣伝の言葉を自然に抑制するようになる。
評判は最も回復コストの高い資産だからである。
成長は後から取り返せるが、毀損した評判の回復には年単位の時間がかかる。
消費の祭典の日に、自社製品を買うなと告げたのである。
環境負荷を理由に「本当に必要でなければ買うな」と言い切ったこの広告は、短期売上を削るどころか、ブランドへの信頼を大きく押し上げ、長期の成長を支えたことで知られる。
売らないという判断が、最も強い販売材料になった。
誠実分岐は精神論ではなく、期待値管理という名の資産運用である。
現在地が合う人には、堂々と、迷いなく売る。
これは分岐であって停止ではない。
ためらいながら売ることこそ、双方にとって不誠実である。
売らない条件を先に決めた者だけが、売るときに全力で売れる。
