多くの経営者が通るこの怪現象には、はっきりした原因がある。
渡したのが実務だけで、判断を渡していないのだ。
作業は減ったのに、判断の行列が自分の前に伸びていく。
部下が増えるほど「これはどうしますか」が増え、社長は作業者から質問処理係に昇格しただけになる。
まず判断基準(価格の決め方、品質の合格ライン、例外対応の処理ルール)を文書化する。
その上で、権限を実務→運用判断→意思決定の順で移す。
文書が先、権限が後。
逆にすると、権限を渡された側が基準のない判断を強いられ、萎縮か暴走が起きる。
Greiner(1972)は、指示型で成功してきた経営者ほど権限を手放せず、委譲への移行期に多くの会社が座礁することを示した。
成功体験こそが、次の壁の障害物になる。
それが第3の壁の向こう側の風景である。
壁の前で長く止まっているなら、足りないのは努力ではなく、基準の文書か、手前の壁の完了である。
製品分野ごとに事業部を分け、開発から損益までの判断を各事業部長に委ねた。
当時の松下電器はまだ中堅企業であり、カリスマ創業者が全判断を握り続けることもできた規模である。
だが幸之助は、判断の基準と責任の範囲を明文化して権限ごと渡す道を選び、これが後の大企業化を支える経営の骨格になった。
委譲は会社が大きくなってからやる仕上げではなく、大きくなるために先に打つ布石である。
委譲されるのは基準に沿った判断であり、基準そのものの改訂と、基準外の例外は経営者に残る。
任せることと、手放すことは違う。
文書化された基準が、自分以外の人間に判断を可能にする。
