だがこの課金単位には、静かな罠が仕込まれている。
時間を売ると決めた瞬間、収入を2倍にする方法が「2倍働く」しかなくなるのである。
毎月定額を払う代わりに、その人の時間を継続的に使う契約だ。
事業者はこのサブスク契約から抜けた存在のはずなのに、時間単価で受注すれば、契約書の名前が変わっただけで同じ構造に自分から戻ることになる。
第一に成果物の代替コスト(同等の成果物を個別に発注したら幾らかかるか)。
第二に仕組みやネットワークへのアクセス権。
第三に成果への連動。
どれも、かかった時間と切り離して価格を語れる。
「この収益は、自分の稼働を2倍にしないと2倍にならない構造か」。
答えがはいなら、その収益は時間売りである。
単価がどれだけ高くても、構造は同じである。
ただし機能を2つに限定する。
現金の創出と、顧客理解(生の声)の採集である。
受託は市場の生々しい課題に触れる最前線であり、そこで得た課題と言葉は自社商品の原料になる。
同型案件は型化して原価を下げ続け、型はいずれ商品として切り出す。
受託で終わる受託はやらず、資産に変換される受託だけをやる。
月80時間の稼働で64万円。
忙しく、これ以上は増やせない。
彼は顧問先で毎回同じ説明をしていることに気づき、その説明を動画教材と診断シートの型に落とした。
以後の新規顧問先には「初月は教材で基礎を揃え、面談は判断が必要な論点だけ」という形に変え、報酬も時間ではなく「教材+月2回の意思決定支援」というパッケージ価格にした。
稼働は半分になり、顧問先は増やせるようになった。
売っているものは同じ知見である。
変わったのは、対価の単位だけだ。
時給3万円でも、時間売りの構造では上限は月の稼働時間×3万円で固定される。
問題は単価の高低ではなく、収入と稼働が連動していること自体にある。
対価の根拠を、成果物・アクセス権・成果連動へ移した者だけが、稼働の外で収入を伸ばせる。
書けなければ、それが時間売りの証拠である。
