だがバイアス研究の数十年で最も一貫した知見は、皮肉なことに「バイアスを知っている人間も、同じようにバイアスにかかる」というものである。
知識は解毒剤にならない。
警報が鳴っても人はすぐに避難しない。
事業では、売上構成の緩やかな悪化や技能の陳腐化、つまり摩耗故障の予兆を「たまたま」で処理させ、検知を遅らせる主因になる。
有名な実証では、学生の卒論完成予測の平均34日に対し、実際は平均55日かかった。
最悪の場合の想定ですら、現実が下回った。
人は嘘をつくつもりがなくても、楽観を出力する仕様なのである。
注いだ資源が惜しくなり、撤退を否定する情報だけが目に入る。
渦中の自分は、撤退を判断する部品として仕様上使えない。
第4部で撤退基準を開始前に文書化した理由がこれである。
バイアスは脳の故障ではなく、進化の過程で標準搭載された仕様だからだ。
見積には掛け目を、撤退には事前基準を、判断には記録と照合を。
バイアス対策の本質は、自分を説得することではなく、重要な判断を「歪む前の自分」や「歪まない仕組み」に委ねて、渦中の自分に決めさせないことである。
1957年の当初計画では工費700万豪ドル、1963年完成の予定だった。
実際の完成は10年遅れの1973年、費用はおよそ1億200万豪ドルと、当初見積の10倍を超えた。
国家的な注目を集め、専門家が束になって見積もった計画ですらこれである。
計画錯誤は素人の油断ではなく、人類共通の仕様であることを、この建物は象徴し続けている。
だからこそ、個人の月次計画に機械的な掛け目を入れることは、卑屈ではなく標準工程なのである。
学習で得られるのは、自分の判断を疑うきっかけまでで、歪みそのものは残る。
学びの正しい使い道は、自分を直すことではなく、歪んでも壊れない構造を設計することだ。
勝負は自分の内面ではなく、見積の掛け目・事前基準・記録という構造の側で決まる。
次回の見積もりに、その差分を掛け目として機械的に乗せる。
