LF. 理論カリキュラム100 / 第5部 落ちても墜ちない
058
期待値計算の適用外領域
期待値がプラスなら賭けるべきだ — 第1部のこの原則には、適用してはならない領域が一つだけある。

見分けられない者は、計算上は正しく、現実には破滅する。

命題
退場を含む賭けでは、期待値は生存者にしか意味を持たない。
前提講 004, 044
出典 タレブ『身銭を切れ』、エア・カナダ143便(ギムリー・グライダー)。
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思考実験: 6発中5発が空砲の拳銃でロシアンルーレットを行い、生き残れば1億円。

1回の期待値は約プラス8,333万円で、計算上は「打つべき賭け」に見える。

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しかし繰り返せば死は確率1で訪れる。

集団の平均(多数が1回ずつ試す)と時間の平均(一人が繰り返す)は一致しない。

エルゴード性の問題と呼ばれ、退場を含むゲームでは平均値は生存者にしか意味を持たない。

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よって領域を二分する。

損害が有界で回復可能な領域では、備えは費用対効果で決めてよく、過剰な備えは正当に削ってよい。

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しかし「墜ちる」領域 — 死、回復不能な健康毀損、再起不能な破産、家族基盤の崩壊 — に触れるリスクは期待値計算の適用外であり、生存条件として備える。
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この領域では「滅多に起きないから」は削減の理由にならない。

ラムエアタービン(全動力喪失時に展開する小さな風車)は、ほぼ全機で一度も使われないまま退役するが、全機に搭載され続けている。

使用時の一回が、全損か生還かを分けるからである。

事例
1983年、エア・カナダ143便は燃料計算の単位取り違えなどが重なり、巡航中に燃料を使い果たして全エンジンが停止した。

電力と油圧の大半を失った機体で、ラムエアタービンが展開して最低限の操縦機能を維持し、機長らは機体を滑空させて旧空軍基地ギムリーに着陸させた。

死者はゼロだった。

ほとんどの機体で一度も使われない装備が、この一便では全員の生死を分けた。

事業における生活防衛資金や保険は、このラムエアタービンに相当する。

事例続

稼働率の低さを理由に削ってよい装備ではない。

よくある誤解
「安全第一だからリスクを取るな」は誤読である。

有界な損失の領域では、期待値プラスの賭けをむしろ数多く回すべきだ。

禁じられているのは、賭け金の中に退場を混ぜることだけである。

まとめ
期待値は退場のないゲーム専用の道具である。

墜ちる領域に触れる賭けは、確率がどれほど低くても生存条件の側で処理する。

宿題
自分が取っているリスクを列挙し、「最悪の場合、再起不能に触れるか」で二分する。

触れる側にあるものが最優先の設計対象である。

次講
自分の事業を一枚の図にする
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058 期待値計算の適用外領域
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