だが事故研究の世界では、この問いの立て方自体が的を外している。
事故は一つの原因では起きられないのである。
設計・点検・手順・判断、どの壁にも必ず穴がある。
穴のない壁は作れない。
設計の穴は点検が捕まえ、点検の穴は運用の判断が捕まえる。
危険は全ての穴を通り抜けて実害に達する。
事故とは単一原因の産物ではなく、欠陥の整列という確率事象である。
最後の壁にいた人間を罰しても、手前に並んだ穴は一つも塞がらない。
原因は人ではなく整列にある。
壁の枚数を増やし、穴の位置をずらし、整列の確率を下げること。
穴のない壁は作れないが、穴の揃わない重ね方は設計できる。
7年前の尻もち事故の際の圧力隔壁修理に不備があった(修理の壁の穴)。
亀裂は以後の点検で捕捉されなかった(点検の壁の穴)。
そして4系統の油圧配管が同一区画に集中していた(系統分離の壁の穴)。
どれか一枚でも塞がっていれば結果は違った可能性がある。
国際的な事故調査が「誰が悪いか」ではなく「どの穴がどう並んだか」を特定する形式を取るのは、罰は穴を塞がないが、究明は塞ぐからである。
責任の所在と再発防止の設計は別の問題だ。
「あの外注が悪かった」で分析を締めた瞬間、自分側の壁の穴は次回まで温存される。
犯人探しをやめ、壁を増やし穴をずらすことだけが、機能する対策である。
