トヨタの現場がある言葉を改名したとき、そこには失敗との付き合い方を変える思想が込められていた。
つまり対策の対象は「能力の低い特定の人」ではなく「全人類共通の認知特性」だという宣言が、この改名に込められている。
それは信頼性の低い部品への依存強化であり、工学的には対策の放棄である。
帰属先の変更は責任逃れではなく、再発防止の唯一の入口である。
「怠惰だった」を禁じ、「判断が疲労時に行われた」「基準が事前になかった」と構造の言葉へ翻訳する。
人格は直せないが、構造は直せる。
電子レンジは扉を開けると加熱が止まり、オートマ車はブレーキを踏まなければシフトをPから動かせず、SIMカードは切り欠きのせいで誤った向きには入らない。
軽油の給油ノズルはガソリン用より太く、ガソリン車の給油口には物理的に入らない。
どれも利用者に注意を求めず、誤りを構造で不可能にしている。
良い工業製品ほど、人間の注意力を信用していない。
反省の出力は感情ではなく構造の変更であるべきだ、というだけである。
「申し訳ない」で終わる反省と「工程に確認を一つ足した」で終わる反省の差が、再発率の差になる。
帰属先を変えた者だけが、仕掛けで再発を断てる。
その文がそのまま対策の設計図になる。
