人類最高の注意力でも、レバー一本を忘れる。
原因は機材ではなく、当代有数のテストパイロットだったヒル少佐が、ガストロック(操縦系統の固定装置)の解除を忘れたことである。
より優秀な超人を選抜するか、人間の記憶に頼らない仕組みを作るか。
新聞は同機を「一人で飛ばすには複雑すぎる飛行機」と評した。
以後B-17は大事故なく、約1万2千機生産の主力機になった。
にもかかわらず支払期日も顧客連絡も、記憶と気合で運用されている。
対策は能力の向上ではなく、記憶を外部(リスト・自動化・通知)へ移すことである。
外科医アトゥール・ガワンデは手術前の確認をチェックリスト化する取り組みを複数の病院で検証し、合併症の減少を報告した。
熟練の外科チームですら、紙一枚で成績が変わる。
チェックリストという最も安価な道具が、記憶と注意という最も高価で不安定な資源を代替するのである。
請求・納品・更新の確認リストを一度作ることは、優秀さを磨く努力の何分の一のコストで、同等以上の事故防止効果を生む。
使ったのは当代最高のパイロットと熟練外科医だった。
熟練者ほど「慣れ」という注意力の劣化にさらされるため、仕組みの恩恵はむしろ大きい。
複雑なシステムの安全は、記憶ではなく、書かれた手順と仕組みに担わせる。
