航空工学は「うまくいって当然」の逆の前提から出発して、世界で最も安全な輸送手段を作り上げた。
揚力は速度・迎え角・空気密度という条件が揃って初めて生まれる借り物の力である。
この因果に例外はなく、航空機のデフォルト状態は落下である。
営業しなければ先細り、連絡しなければ関係は疎遠になり、スキルは陳腐化する。
劣化は「放置」というゼロコスト入力で確実に働く。
何もしないことは現状維持ではなく、緩やかな降下である。
維持の手を止めた瞬間から、重力側が勝ち始める。
うまくいって当然と考える者は備えず、落ちて当然と考える者だけが設計する。
この認識が第5部全体の出発点。
英国王立航空研究所は同型機を水槽に沈めて与圧と減圧を何千回も繰り返し、原因を金属疲労と特定した。
一回の大荷重に耐える機体が、飛行のたびの小さな負荷の反復で亀裂を育てていたのである。
事業も同じで、一度の危機に耐える体制と、日々の消耗の反復に耐える体制は別の設計を要する。
多くの事業は前者を想定して、後者で静かに壊れる。
正しくは逆で、デフォルトが落下だと認めた者だけが、揚力の条件を特定し、維持コストを予算に組み込める。
この前提の反転が、以降17講の入口になる。
