失敗した事業の振り返りで、最も多く聞く言葉である。
だが旅客機のパイロットは、離陸のやめ時を滑走路の上で考えたりしない。
答えは飛ぶ前に、地上で計算し終えている。
事業だけが、なぜ渦中で考えようとするのか。
この速度までなら中止でき、超えたら離陸を継続する境界値)を計算し終えている。
機体重量、滑走路長、気象から、その日その便の数値が事前に決まる。
故障は「起きたら考える」ものではなく、「起きた場合の全分岐を先に決めておく」ものである。
サンクコスト効果(注ぎ込んだ分が惜しくなる歪み)と確証バイアス(続けたい結論に合う情報だけ拾う歪み)が、渦中の撤退判断を仕様レベルで狂わせるからだ。
撤退を判断すべき瞬間の自分は、判断部品としてすでに使えない。
監視する数字を一つ、期限、水準。
例えば「90日以内に、有料顧客10件に達しなければ撤退」。
三点が揃って初めて、撤退は感情の仕事から照合の仕事に変わる。
失敗と呼ぶべきは、基準を割ってからの継続の方だ。
この言葉の定義を先に直しておかないと、撤退のたびに自尊心が削られ、次の挑戦の速度が落ちる。
V1を超えた離陸は継続が唯一の安全である。
同じように、閾値の手前で外野の雑音や一時の恐怖に怯んで手を緩めることも、基準なき運転である。
撤退基準は臆病の道具ではなく、閾値までの全力を保証する根拠だ。
一人は基準なしで始め、売れ行きが鈍っても「あと少しで化けるかもしれない」と在庫を積み増し、1年後に200万円の在庫と共に止まった。
もう一人は開始前に「90日で60個売れなければ撤退。
売れたら追加発注」と書いて貼り、90日目に42個という数字を基準に照合して淡々と撤退した。
損失は仕入れ30万円で済み、翌月には次の商品を試していた。
二人の差は判断力ではない。
判断を、冷静だった過去の自分に委任していたかどうかである。
実際は逆で、退路の数字が決まっている者ほど、閾値までは迷いなく踏み込める。
基準は撤退を早めるためでなく、それまでの全力を可能にするためにある。
監視する数字・期限・水準の三点を文書にした瞬間、撤退は感情の問題から照合の問題に変わる。
