経営者が最初に出会う会計の怪奇現象である。
税理士は当然の顔をしているが、本人には手品にしか見えない。
種は単純で、利益と現金は、同じ出来事を別の時間軸で記録しているだけである。
300万円の設備を買うと、現金は購入時に300万円が一括で出る。
だが費用は、5年償却なら毎年60万円ずつしか計上されない。
現金の動きと損益の動きが、最大5年ずれる。
「利益は出ているのに金がない」と嘆くか、「金はあるのに今期の利益が減るから投資できない」と縮こまるかである。
どちらも、二つの帳簿を一つだと思い込んだ症状だ。
利益を減らすために物を買えば、税金は減るが、現金はそれ以上に減る。
税率が3割なら、100万円使って節約できる税は30万円。
差し引き70万円の現金が消えている。
目的と手段の混同である。
買い手も金融機関も、償却で薄化粧した利益ではなく、稼ぐ力そのものを見ている。
一行でしか説明できない投資判断は、半分しか検討されていない。
償却のおかげで初年度の損益計算書は小さな黒字に見えたが、現金は開業時にまとめて出ているため、残高は常に薄氷だった。
逆に同業のもう一人は、黒字が続いて現金も貯まっていたのに、「利益が減って決算が悪く見える」という理由で必要な設備更新を3年見送り、古い設備のまま顧客を失った。
前者は現金の行を見ておらず、後者は損益の行しか見ていなかった。
同じ分離の無理解が、正反対の失敗を生む。
記帳は任せてよいが、利益と現金の分離は投資判断そのものであり、判断は委譲できない。
任せてよいのは作業で、理解は自前で持つ。
投資は必ず「損益」と「現金」の二行で検討する。
