オフィスを持ち、人を雇い、固定費を背負ってこそ本物だ、と。
だが固定費の正体を一つの式に通すと、この美学は逆さまになる。
固定費とは、毎月自分に課す「死なないための最低ノルマ」なのである。
固定費30万円・限界利益率60%なら分岐点は売上50万円。
固定費を10万円に下げれば、分岐点は約16.7万円まで落ちる。
式が示す通り、固定費を下げることは、生存に必要な売上を下げることと同義である。
つまり固定費は、撤退の自由を奪う。
やめたい事業をやめられない理由の多くは、感情ではなく、家賃と人件費という毎月の支払いである。
売れた月に増え、売れない月に減る費用は、事業と一緒に呼吸してくれる。
AIとクラウドの時代は、開発も制作も事務も変動費で調達できるようになり、この設計が初めて現実的になった。
分岐点の低い事業は、市場が変わったときに立ち止まり、試し、方向を変える余裕を持つ。
分岐点の高い事業は、変化の最中も走り続けるしかない。
順序は、余剰の確認が先、契約が後である。
都心の一等地に高い家賃を払う店は、客足が止まった瞬間から固定費だけが流れ続け、体力のある有名店から順に閉じていった。
一方、キッチンカーや間借り営業のような低固定費の業態は、売上が細っても分岐点が低いため生き残り、回復期に素早く戻ってきた。
商品力の差ではない。
死なないラインの高さの差である。
平時にはただの地味な数字である損益分岐点が、環境が壊れた瞬間に生死を分けた。
分岐点を押し上げる見返りに、それ以上の倍率で稼ぐ固定費(優秀な人材、検証済みの設備)は正当な投資である。
悪いのは固定費そのものではなく、余剰の確認より先に契約する順序と、見返りを検証しない継続だ。
分岐点の低さが、挑戦と撤退の自由を買う。
次に、固定費の一覧から「今月ゼロにしても事業が止まらないもの」に印を付ける。
