「一人に3時間も使う余裕はない」。
その通りである。
だからこの講は時間の捻出方法の話になる。
そしてこの捻出の設計こそが、実は「経営」と呼ばれる行為の正体である。
一日は増やせない以上、何かに深く使うためには、何かを浅くするしかない。
配分の設計から逃げると、コアが浅くなる形で帳尻が合ってしまう。
これらは価値の源泉ではなく、価値を届けるための維持作業であり、品質を落とさずに機械へ渡せる性質を持つ。
派手な戦略立案ではなく、限られた時間と金をどこに厚く、どこに薄く配るかの地味な設計。
第2部で「マーケは贅沢」と言った意味が、ここで裏返って効いてくる。
深い接触が生んだ売上と情報を、自動化への投資に回し、空いた時間をさらに深い接触へ戻す。
経営とマーケの順序問題は、ここで完全に決着する。
集客の技術より先に、時間と金の配分技術。
それが「マーケより先に経営」の実務的な意味である。
かつては請求書発行、面談の日程調整、毎週の教材送付に月25時間を使っていた。
決済の自動化、日程調整ツール、教材の自動配信を3週間かけて組んだところ、この25時間がほぼゼロになった。
空いた時間を受講生との個別面談に回した結果、教材への不満と要望が集まり、翌期の講座改訂と値上げの根拠になった。
売上を直接生んだのは面談での学びだが、その面談時間を生んだのは事務の自動化である。
自動化は売上の裏方ではなく、コアの時間を製造する装置である。
自動化の対象は非コアだけであり、顧客接点というコアを自動化した瞬間、この構造は逆回転する(欲求の採集が止まり、商品が劣化する)。
何を自動化しないかの線引きが、自動化設計の最重要部分である。
この配分設計そのものが経営である。
