アンケートで一位だった商品が、棚で埃をかぶる。
裏切られたと感じる場面だが、顧客は嘘をついたのではない。
人間の仕様として、言葉と行動が最初から別物なのである。
矛盾は例外ではなく標準である。
人間は目的を語る生き物であると同時に、目先の快に従う生き物であり、この二重性は意志の弱さではなく仕様である。
両者は系統的にずれる。
質問された瞬間、人は「ありたい自分」として回答するため、アンケートは本音の測定器ではなく、理想像の収集器になっている。
ここを読み違えると「血を吐く10日間キャンプ」を作って誰にも買われない。
要望の言葉尻ではなく、その人の生活が許容する努力量まで含めて読んで、初めて商品が設計できる。
合理で設計された商品が、非合理な一点で棚に戻される。
この非合理は数字に出ず、観察でしか捕まらない。
顧客の建前に応える商品は買われず、本音だけに応える商品は自己嫌悪を生む。
建前を立てながら本音を満たす設計が、売れる商品の共通構造である。
顧客調査で「ヘルシーなメニューが欲しい」という声が多数を占めたため、サラダ中心の商品を投入したが、まったく売れずに短期間で消えた。
ところがその後に出た肉厚のクォーターパウンダーやメガマックは行列を作った。
顧客は嘘をついたのではない。
「健康的でありたい」という目的と、「マクドナルドに行く日は肉を食べたい」という行動が、別のレイヤーで同時に真実だっただけである。
言葉を集めたアンケートは前者しか捕まえられず、レジの記録だけが後者を知っていた。
声は建前のレイヤーを正確に教えてくれる貴重な情報で、捨てる必要はない。
無駄なのは、声だけで設計することだ。
声と行動を両方観測し、そのずれ自体を設計の入力にする。
そのずれを織り込んだ者だけが、買われる商品を設計できる。
