誠実に聞こえるこの言葉は、使う場面を間違えると事業を静かに壊す。
無料で5人を手伝ったのに誰も買ってくれない、という相談は後を絶たない。
あれは善意が報われなかったのではない。
毒が回っただけである。
実績も信頼もない段階で深い伴走の機会を得るには、価格の壁を下げるのが最も速い。
ここでの無料は投資であり、回収先は情報と信頼である。
集まる人の性質が価格で選別されるため、無料の場には無料を好む人が集まる。
観察対象が偏れば、そこから得る学習も偏る。
支払いは唯一の正直なシグナルである。
「欲しい」という言葉は無料でも言えるが、財布を開く行動だけは、本音でしか起きない。
一人目は無料可、二人目からは少額、五人目までに正規価格の検証、というように段階ルールを事前に決めておく。
事前に決めるのは、その場の情に流されて無料を続けないためである。
5人分の労力で学習したのは「買わない人の満足のさせ方」であり、事業に必要な「買う人の満足のさせ方」は一件も検証されていない。
5人とも喜び、感謝もされたが、有料の依頼は一件も来なかった。
観察すると、5人はいずれも「無料だから頼んだ」層であり、デザインに金を払う習慣そのものがなかった。
6件目から2万円の少額課金に切り替えたところ、依頼数は激減したが、払った2人はどちらも継続発注と紹介につながった。
5件の無料は市場を測っていなかった。
2件の有料が、初めて市場を測った。
毒になるのは無料の継続であって、一人目への入場券としての無料は今も最良の手である。
薬と毒は物質ではなく用量で分かれる。
無料も同じである。
段階ルールを先に決めた者だけが、無料を薬として使い切れる。
なければ今決める。
