情報量が多いのはどちらか。
直感は前者と答えるが、事業の設計に使える情報で数えると、答えは逆転する。
数と密度は別の量である。
いいね、アンケートの回答、コメント欄の感想。
これらは本人が「他人に見せてよい」と判断した情報だけで構成されており、選別済みの建前である。
言っていることとやっていることのずれ、金を払う瞬間のためらい、続かなかった習慣。
伴走者だけが見られるこの領域に、商品の種が埋まっている。
人は建前を答え、行動で本音を示す。
アンケートで「健康的な商品が欲しい」と答えた人の買い物かごを見ることでしか、本音には届かない。
統計は「何が起きているか」を教えるが、「なぜ起きているか」は一人の観察からしか出てこない。
なぜが分からないまま統計だけ持っても、打ち手は設計できない。
一人で立てた仮説を、数で確かめる。
この順序なら両方が生きる。
逆順は、意味の分からない数字の山を作るだけである。
同社は初期ユーザー一人一人と直接対話し、「この製品が使えなくなったらどれほど残念か」を聞き続け、その回答の理由を一人単位で読み込んだ。
数千人にアンケートを撒く代わりに、少数の熱量の高いユーザーの生活と業務に潜り込み、何が刺さっているかを特定してから機能を絞った。
この「少数への深い聞き込みを先に、数の計測を後に」という順序は、後にスタートアップ業界の標準手法として広く参照されるようになった。
密度が先、規模が後という順序には、再現例がある。
n=1は仮説の産地であり、検証の道具ではない。
一人の話だけで市場全体を断定すれば、それはただの思い込みになる。
産地と検証所を取り違えないことが、この理論の正しい使い方である。
一人への伴走が仮説を生み、統計が後からそれを検算する。
書けなければ、まだ観察の密度が足りない。
