だが個人が最初にやるべき市場調査は、アンケートでもリサーチツールでもない。
実在する一人の困りごとを、全部引き受けてみることである。
これが最も速く、最も深い調査になる。
年齢と職業を書き並べた架空の人物像は、何を聞いても答えてくれない。
実在する一人だけが、質問に答え、想定外の行動を見せ、仮説を裏切ってくれる検証可能な対象である。
依頼された仕事だけをしていると、依頼できる形になった悩みしか見えない。
全部を引き受けて初めて、本人が悩みと認識していない不便が観測できる。
信頼、業界の常識と相場観、生のニーズ、口コミの入口。
この4つはどれも金で買いにくく、後の工程すべての原資になる。
無償や低額で引き受けたとしても、回収されるのは情報と信頼という別勘定の資産であり、収支は赤字ではない(018で詳述する)。
中途半端な満足を三人分集めても、深い満足一人分の情報には届かない。
深さが先、数は後である。
創業者たちはシステムを作り込む前に、簡素な注文ページを一枚出し、注文が入ると自分たちの車で一件ずつ配達した。
スタンフォードの学生だった彼らは、配達員として顧客の玄関先に立ち、レストランの厨房に入り、遅配に謝りながら、この事業の摩擦がどこにあるかを体で採集した。
後に同社は米国最大級の宅配企業になるが、初期のこの「自分で全部やる」期間が、何を仕組み化すべきかの設計図になったと創業者自身が繰り返し語っている。
最初の一人に深く潜ることは、遠回りに見えて設計図の入手である。
これは最初の一手の話であって、事業の完成形ではない。
一人で得た解像度を土台に五人へ、五人から市場へ広げる。
その順序の起点が一人だというだけである。
それが最速の市場調査であり、最初の商品開発である。
挙がらなければ、探すことが今週の仕事になる。
