後編の5つはさらに残酷で、努力の量と一切関係なく訪れる。
しかも5つのうち3つは、たった一つの教訓に束ねられる。
無料のYouTubeとTikTokが同じ欲求を満たしていた。
蓄積構造は使われて初めて回る。
精巧な装置も、誰も回さなければただの彫刻である。
SNSの先駆者という地位も、待たされる体験の前では無力だった。
設計が良くても基盤が崩れたら終わり。
運営側の一存によるコンテンツ方針の転換が、コアユーザーの利用動機ごと破壊した。
ユーザーが積んだものを運営が壊すと、信頼は蓄積もろとも崩れる。
ユーザー価値が上がり続けていても、提供者の戦略と合わなければ一方的に終了させられる。
利用者の愛は、株主の論理に勝てない。
⑦⑧⑨の教訓は一つ: プラットフォームは入口と調査の場として使い、蓄積の本体(顧客リスト・コンテンツ・商流・評判の記録)は自分の土地に置く。
規約グレーの運用は、敗因7を自分から踏みに行く行為。
RSSリーダーとして熱心な利用者に支えられ、情報収集の中枢として毎日使われていたにもかかわらず、2013年、Googleは事業整理の一環として終了を告知し、同年7月にサービスを停止した。
利用者の価値は最後まで上がり続けていた。
それでも、土地の持ち主が畑を潰すと決めたら、小作人に拒否権はない。
受け皿となったFeedlyには告知直後から数百万人規模の移住が起きたと言われるが、それは救済ではなく、難民の発生である。
自分の事業の中枢を、他人の裁量の上に置くことの意味が、この一件に凝縮されている。
入口と市場調査には最大限使ってよい。
置いてはいけないのは蓄積の本体だけであり、これは利用の禁止ではなく、資産の保管場所の規律である。
城は、自分の土地にしか建てられない。
