実は日本語には、その答えが何百年も前から名詞として存在している。
評判という資産の性質を、4つに分けて確定する。
だから堀になる。
競合が買えず、盗めず、コピーできない唯一の資産である。
見えない実績は複利計算の外に置かれた元本である。
だから実績の記録と開示は、自慢ではなく利回りの確保である。
毀損の多くは嘘・誇大・不誠実という「短期の得」から起きる。
この非対称を知る者は、目先の一回の取引で評判を担保に入れることの割の悪さを、計算として理解する。
コピーが増えるほど「本家はどこか」という問いが生まれ、検索と引用が原典に集まる。
模倣は評判にとって、無償の広告である。
積み上がったもの(引用・紹介・リピート・指名)を記録し、毀損リスク(誇大表現・未消化顧客・規約グレー)を負債として監視する。
資産と呼ぶなら、帳簿を付けるのが筋である。
「のれん」である。
江戸の商家では屋号を染めた暖簾そのものが信用の象徴であり、長年勤めた奉公人の独立は「のれん分け」— 信用ごとの分与 — として行われた。
そして現代の会計基準でも、企業を買収する際に純資産額を超えて支払われる差額は「のれん」として貸借対照表に計上される。
つまり評判は比喩ではなく、簿記の上でも実在する資産である。
ただし帳簿ののれんと違い、生きた評判は一晩で毀損し、回復には年単位の時間がかかる。
減価は一瞬、復元は長期。
この非対称が、日々の誠実さを合理的な投資に変える。
値引きをしない、誇大に言わない、売るべきでない人に売らない。
日々の取引の一つ一つが評判の仕訳であり、担当者は自分である。
この4性質を知る者だけが、評判を運用できる。
積んだもの(引用・紹介・指名・リピート)と、抱えた負債(果たしていない約束、盛った表現)を各3行まで。
